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2010年01月の記事一覧

8席ほどのカウンターには菜乃花の他に客はいない。

小さなため息をつくと菜乃花はたいして吸いたくもないメンソールのタバコに火をつけた。

頼んだブルドックは飲み頃をすぎ、溶けた氷がグラスの中で黄色と透明の層をつくっている。

視点をメンソールからゆっくりとグラスに移しながら
やはり自分はひとりで飲むスチュエーションに慣れていないのだ、 と感じる。

元々お酒が好き、というよりは雰囲気に酔いたいタイプだったし、
お酒は菜乃花にとって大切な相手との会話を楽しむ小道具みたいなものなのだ。


アンティークの木の扉が開いて男女のグループが入ってきた。

「明けましておめでとう 今年ものむよぉ!」

その賑やかさからから何軒か店を梯子してきた様子がうかがえる。
女性ふたりはかなり酔った様子だ。


菜乃花はふいにほんの二週間前に交わした寛との会話をおもいだす。

たしかエスニックが食べたい、という菜乃花のリクエストで西麻布の
裏路地にある一軒家のレストランへいった後、このバーへきたのだった。

「今度の週末だけどさ」

寛の視線がそれまで注がれていた菜乃花の目から少しそれる。

「仕事が入っちゃって悪い、いけなさそうなんだ。」

「え?」

ずっと楽しみにしていた箱根への旅行.....
なかなか週末一泊という予定があわずにやっと実現したのに。

急に何かがこみあげてくるのを必死でこらえながら
気持ちをつたえようとするが、言葉にならない。

「ごめん ほんとごめんな」

とっさに嘘だ、とおもった。

いつもより慎重に選んでいる言葉と
ほんの少しだけぎこちない間のとり方で、それがわかる。

「そうなんだ」

それ以上言葉がでてこない。気持ちとは裏腹に涙もでない。

今までもそうだったように彼は気持ちをストレートに表現するのが苦手なのだ。


あれから寛は曖昧なメールを二回程よこし連絡してこなくなった。

いっそのこともう好きじゃない、とはっきりいわれたほうがどんなに楽か。


後方のソファ席では先ほどのグループ客の男性がひとり水割りをのんでいる。
つれの女性達はすでに帰ったようだ。

視線の先にボウモアの水割りを持つ男性の手がとまり、菜乃花はふとほほ笑んだ。

男性の手はとても繊細で、装飾の美しいそのグラスと調和がとれており美しかったのだ。


「私の好きになる男性はなぜか皆、手が綺麗なの。
 なんていうのかな、甲と指の長さ、骨格や色つやすべてのバランスが完ぺきというか。
 寛の手もやっぱりその感じなんだよね。」


出逢った頃、アルコールがまわると彼の手を取りそんな言葉を口にしていたっけ。

あの頃はほんとうに幸せだったな。


遠回しに別れを切り出されたときにはでてこなかった涙がふいにこみあげてくる。

私は今でも寛の手をおもいだしただけてこんなに切なく悲しくなるのだ。

あいにく店のスタッフは男性客とのおしゃべりに夢中で涙に気付いた気配はない。

悲しくて寂しい、という事実をうけとめたからか少しずつ気持ちは楽になり
同時に自分はどうしようもなく女なのだな、と痛感する。


「店長、なにか女らしいカクテル、みたいなのつくってもらえますか」


やさしく微笑んだ店長が運んでくれたのは「アフロディテ」。

アフロディテとはギリシャ神話で「ヴィーナス」を意味するらしい。
ネーミング・色合い、ともに女性にふさわしいカクテルのひとつだ。

そして初めて寛とこの店に来たときに頼んだカクテルでもある。


 今夜は自分の気持ちと向き合えた私に乾杯しよう。

美の女神のカクテルをゆっくりと味わいながら菜乃花はバーで一人で飲むのも悪くないな、と感じ始めていた。



Mojito.jpg ブルドック


 日本では ブルドッグ というと、塩 なしソルティドッグのことを指す場合が多いですが、
海外ではスクリュードライバーのジンジャーエール割もメジャーのようです。
ロックグラスの淵に塩をつけるだけで呼び名も変わるのがカクテルの楽しいところですね。
アルコール度数も低めでビタミンも採れる、まさに女性にオススメのカクテルです。

ウォッカ 30ml
パンペルムーゼ 15ml
グレープフルーツジュース 60ml



jacktar.jpg アフロディテ


 沖縄のとあるホテルのオリジナルカクテルです。
愛と美の女神、“アフロディテ”の名を冠すに恥じない品のあるカクテル。ロゼワインをベースに、木いちごの風味やライムジュースなどが加わったまさに女性が好みそうなカクテル。
口の中で広がるまろやかさを、じっくり楽しみながら飲みたいですね。



ロゼワイン 30ml
ルジェ クレーム ド フランボワーズ 12ml
ホワイトキュラソー 12ml
フレッシュライムジュース 6ml


第一話「サイドカー / カミカゼ」

第二話「ミモザ / ブラック・ルシアン」

第三話「コスモポリタン / XYZ」

第四話「モヒート / ジャック・ター」

第五話「ブルドック / アフロディテ」

第六話「マティーニ / アムール」